リニア新幹線の工事の都合で,新築したばかりの河合塾名古屋校が取り壊しとなり,名駅校と併合されるそうですね。先日も帰省のタイミングで河合塾18号館を見てきました。 さて,塾のアルバイトも辞め,受験生と接することは殆どなくなったのですが(東大ブランドというのはやはり強力で,知人の知人くらいから受験相談をされることが年に数回あるため,全く接しなくなったわけではない),時々無性に腹の立つ文章を読むのです。それは,随分と高い目標を掲げたものの,現在の実力との差分を埋める方法を見出さないまま決意だけで進み,結局成績が上がりも下がりもしないまま志望校に落ちていく浪人生の文章です。言い換えると,成績が上がっていないのに,上げるために必要なことをせず,ただ現状を嘆くのみという受動的な姿勢が,やるべきことを見出して淡々とやってきた人間を馬鹿にしていることに我慢がならないのです。どうでも良いと思うかもしれませんが,長期的に見れば,きちんと仕事をしている人を認められない,あるいは高度の専門性の価値が分からないといった事態を招くことになり,それは僕も大損を被ることになるので,無関心であることはやはり良くないのです。
前置きが長くなりましたが,今年のコラムは「成績を上げない秘訣」と題しました。それは,成績を上げる秘訣は絶対に存在しないが,上げないで現状維持をする秘訣はあるからです。浪人生は,勉強をやめていない限り,成績が下がるということはありません。成功する浪人生は成績を上げますが,失敗する浪人生は成績を上げないで維持します。その差はどこにあるのでしょうか。
第1に重要なことは,現在の実力と,目標の差分は問題ではないということです。現役時に東大を受験していないから東大を目指すのは無謀だとか,不合格Cだったので厳しいとか,後1点だったので合格できそうだとか,そういった表面的な2つの位置の差分を気にすることには意味がありません。では何が重要かというと,その差分を埋める方法が明確であるかどうかです。ここでいう明確とは,何をやるかがはっきりしていることではなくて,そのことによって差分が埋められることが証明されていることです。例を見ていきましょう。
各科目などの単位において,あと何点上げよう,などという目標を立てるのは皆やります。その上で,現状の点数がある。例えば,数学で7割の得点を9割にしたい。3ヶ月でやりたい。この程度の「計画」は誰でも立てます。そして,何をやるかも大抵の場合決めるのです。ここが問題なのです。例えば,「青チャートを3ヶ月で1周しよう」などと決めるのです。ここに大きな問題があります。青チャートを3ヶ月で1周すれば,7割の得点が9割になることは,保証されているのでしょうか。されているのであれば,やれば良いし,やったら9割になります(保証されているので)。保証されていない場合,やるだけ無駄です。殆どの場合,3ヶ月で1周したけれど,成績は依然として7割のまま,ということになります。僕はどのようにしていたかというと,センター試験の対策を例に取りますが,現役時に12月にセンターに集中すれば9割を超えることが分かっていたので,浪人時も12月に入ったらセンターを集中特訓して9割に上げることにしていました。これは効果が証明されているので,当然本番もそのようになりました。効果が明らかでないことをやるのは,博打です。博打をするために浪人したいのであればそれでも良いかもしれません。
次に気をつけなければならないのは,少し細かい目標を立てて満足することです。「数学」などと漠然としていても良くないから,得意・苦手をはっきりさせて取り組むことは基本中の基本です。しかしこれも同様なのです。例えば,「整数問題が苦手だから,マスター・オブ・整数を3ヶ月で2周しよう」とか,「英文和訳が遅くて正解率も低いので,英文標準問題精講を参考書を1日5問やろう」とかです。マスター・オブ・整数を3ヶ月で2周したら整数問題が解けるようになることが証明されているのであれば,やれば良いのですが,そうでない場合,博打です。大抵の場合,やってもやっても成績が上がりません。後者も同様です。1日5問和訳をしたら英文和訳ができるようになるという論理には大きな飛躍がありますね。僕はどうしていたかというと,これもセンター試験を例に取りますが,理科の点数がイマイチだったので分析してみると,物理は定性問題で,化学は知識問題で点数をよく落としていましたので,物理はマニュアルを丸暗記し,化学はセンター用の参考書を買ってきて,覚えられていないことを全て書き出し,更に青本を全部解いて覚えていない知識を全て書き出し,それらを丸暗記しました。覚えていないから間違えたということが明らかであるとき,覚えれば間違えないこともまた明らかですから,あとはどのくらいの期間で覚えるか,経験則によって証明されている期間を設定するだけでした。結果,センターの理科は良い点数でしたが,これも当然です。証明されているからです。
ここで1つの事実に気付いた人もいるでしょう。特に先の例では,思考が必要となるようなことは証明されていないので失敗し,暗記が必要となるようなことは成功しているという点です。何をどのくらいやればできるようになるのかは,実は見積もるのが難しいのです。勉強量が足りていない人は,特に見積もりの訓練が足りないので苦手です。それはさておき,こうした事実を踏まえると,最も大きな枠組みでの目標設定に大きな問題があることが分かると思います。すなわち,証明されていない部分については,目標を設定する意味が無いということです。成果が明らかである部分のみで,合格ラインを超えなければなりません。それ故に,僕は浪人時,点数の低かった数学・理科ではなく,英語・国語の点数を伸ばすことを主眼に置いていました。僕にとっては,数学・理科はどうしたら成績を上げられるか分からず,博打だったからです。ただ,途中で何かを掴むこともあります。化学がそうでした。完成シリーズに入ったくらいから,化学の伸ばし方が分かったのです。それで急遽,化学を博打グループから外して,きちんと点数を取るグループに入れました。結果,東大の入試では化学が一番伸びています。
大切なことは,「やればできる」と分かっていることがどれだけあるか,ということです。それが少なければ,苦しい目標設定を強いられますが,博打の科目も(予備校に通っていれば)授業を受けていくので,ある程度の量が蓄積されると,保証された方法が見えてくる場合もあります(僕の場合化学だった)。そうやって,上げるべき成績を上げていくのが成功する浪人生であり,上げ方も分からずただ自動詞を用いて成績が「上がる」ことを期待して勉強をしている浪人生は博打をやることになります(勉強すれば成績が上がるなんていうのは,本当にめちゃくちゃな論理です。勉強しないと成績は上がらない,というのは真ですが)。博打なので,偶然上手くいくこともあります。もしいま,あなたが浪人するか迷っていて,来年度受かることが確実でないのなら,浪人するのは博打であると心得てください。